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SPECIAL INTERVIEW 野村萬斎

 

 

まさに古典と現代が融合した作品『敦−山月記・名人伝−』が初演から10年。待望の再演

 

 狂言師で世田谷パブリックシアターの芸術監督を務める野村萬斎が構成・演出、そして出演する『敦−山月記・名人伝−』が初演から10年の時を経て再演される。萬斎のライフワークともいえる「古典と現代の融合」が具現化された作品だ。
 




初演で父・万作が演じた李徴を萬斎自身が演じる


 この作品は初演された2005年に朝日舞台芸術賞、紀伊國屋演劇賞・個人賞を受賞。翌年に同じ形で再演されている。中島敦の『山月記』『名人伝』という2つの短編を軸に構成され、それぞれの主人公である「李徴(りちょう)」と「紀昌(きしょう)」という敦の分身を通じて“私とは何か”を問い掛ける。今回は配役を一部変更。萬斎自身が紀昌に加え、詩人として成功しなかった無念さのあまり虎になってしまう李徴を演じる。


「初演では父の万作が演じました。父は『釣狐』という曲を得意としていて、狐役者と称されていますので、そのように虎を憑依させて演じたところもあると思うんです。ただ前回父が演じたのは70代の時、僕は今40代ですから、今回は若者の自我の葛藤の生々しさなども含めて演じることができたらいいのではと思っています」


 演出家として李徴には生々しさが欲しいと思ったということ?


「そういうこともあります。それと一貫して、僕が敦、李徴、紀昌を演じてみたらどういうふうになるのかなと思ったということもありますね」


 真鍋大度氏が舞台映像を手掛けるなど、演出にも新たな手法を取り入れる。


「僕が李徴も演じるということで、作品が大きく変わるところはあると思います。でも、やはり真鍋さんにご参加いただく舞台映像が一番変わるんじゃないでしょうか。僕らの演技術や人間それ自体は10年ではそれほど変わらないのかもしれませんが、映写やプロジェクションといったテクノロジーは10年前とは比べ物にならないくらい進歩しています。前回も漢字を舞台上のスクリーンに映写していたんですが、それがあまり明るくなくて、照明を入れると薄くなって見えにくいとか、いろいろな問題がありました。今回はそういう技術面の向上も含め、大きく見え方が変わってくると思います」


 そもそも、なぜ中島敦? もともと身近な作品?


「父たちが『山月記』『名人伝』を冥の会という演劇集団で上演したんです。父が『名人伝』の紀昌を、観世寿夫さんが『山月記』の李徴を演じていました。僕も能狂言の手法を使って作品を作りたいと思った時に、“そういえば父たちがやっていたな”と思って久々に中島敦の小説を読んでみたら面白かった。そしてテーマが存在の不確かさというアイデンティティの問題なのですが、常日ごろから自分が狂言師として生を受けたということは一体何なんだろうということを非常に敏感に思っていましたので、刺さる部分がありました。またアーティストとしての自分の才能がどうあるのかということと現実の生活をどうするのかという葛藤などは芸術を志す者としてひかれるものがありました。そして嘆き節の文章の中で観客に突きつけたり、自らを嘲う感覚も僕の中ではすごくリアルに感じられた。この作品をやろうと思った時に、蜷川幸雄さん演出の『オイディプス王』に出ていたのですが、自分の運命を呪うという意味では僕の中で二作品がリンクするところもありました」
 自分の境遇も投影して作品を見ていた?


「自分の才能を信じたいけれども、そうならない現実があるということは、我々にとっては切実な問題です。たまたまかもしれませんが、今は妻子を飢え凍えさせていないというのは、そういう意味でいうと、ほっとひと安心なんですけどね」


 作品のテーマとなっている「私とは何か?」「生きるとは何か? そして死ぬとは何か?」ということについて自身の中で、一度でも答え、もしくはおぼろげながら方向性みたいなものが出たことはあるのだろうか?


「多分みなさん同じだと思うのですが、“どうして生きているのかなんて分かりゃしねえよ”と思うじゃないですか(笑)。自分にできることはただ、毎日を生きることで、今日も生きていたということを証明し、それを積み重ねること。僕自身“なぜ狂言をやっていかなきゃいけないのか?”と自問自答するときもあります。ですが、今日もいい舞台をやってお客さんが楽しんでくださった時に、自分は舞台上でまさしく“生きられた”ことになる。それが唯一の存在証明になるといったことでしょうか。ですから、どうして演じなければいけないのか、という問いを演じ続けることで証明し続けなければいけない。結局は堂々巡りなんです。とにかく毎日毎日演じたり、演じることを考えるということが、生きているという何らかの証や実感を持つということなのだろうか、というふうに死を意識し始めると思うようになりました。例えば明らかに体力が落ちてくると、みなさんも“いつか死ぬんだろうな”ということがなんとなく実感できてきますよね」 


「私とは何か?」なんて、言われないと一生気づかない。言われて初めてはたと気がついて、そこで考え出す。その点、萬斎は早めに気がついた?


「自分の意思とは関係なく、狂言という世界に入っている自分の境遇がそうさせたということもあったと思うんです。狂言というものを自分が好きとか嫌いなどと思う前にやらなければいけないという流れに入っているわけですからね。そういう意味では、自分のアイデンティティというものは、押し付けられたものなのではないか、といった意識も最初はあったかもしれないです」
 

 

自分の中に飼っている虎とどういうふうに向き合うか

 

 若い人に多く見てほしいという。それはそういうものに早く気づいてほしいということ?


「山月記は高校生の国語の教科書に載っていたりしますけれど、自分の中に飼っている虎というものとどう向き合うかということを考えるのは、自分の娘や息子を見ていても大事なんじゃないかと思います。発散の場所がなくて、発散の仕方が分からない、自己表現の仕方が分からない、自己のアイデンティティがどこにあるのか分からないというなかで、疑心暗鬼になったり、内に閉じこもりすぎて鬱々としている人に、訴えるものがある作品だと思います。中島敦自身が鬱病の症状を呈していたそうです。しかも戦時中。生きることに必死な時代にはあまり鬱病の人はいないということを聞いたことがあります。この人の場合は、あり余る才能がありながら何となく不遇なところと病魔に冒されているということで虎が巣食っていったのではないでしょうか」


 劇中語られる「人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短い」という台詞が印象的。この台詞のためにこの芝居があるようにすら思える。世代によって感じ方が全く違ってくる台詞。


「若い人からしたら“まだ何もやれていないし、やりたいこともないのに、まだこんなに長い時間が残されているのか”という焦燥感を覚えるかもしれません。子供のころって1年がものすごく長かったけれど、我々の年になると1年がものすごく短くなっている。そう考えると、“まだこんなに長く生きていかなきゃならないの? まだ何にもできてない、することもない、世の中って面白くないな”とイライラしている人もいれば、老い先短いのに “為すべきことを為したのか俺は?”と思う人もいるでしょう。そういういろいろな読み方ができる。ひとつの解釈を押し付けるのではなく、その人その人を写す鏡になればいいなと思います」


 この舞台は相当な共通言語、共通認識がないとあそこまでびしっと締まった動き、緊張感を出すのは難しいのではないかと思われるものになっている。そこがいわゆる古典、型の強みなのか。


「それは同じ釜の飯を食った集団でやっているからこそだな、とは思いますね。まあ、特にこれだけ漢文調の様式性の強い文体に対しても、僕らは型があるから声を揃えて拮抗できるとか、文体に負けない身体性を維持できるということはあります。裸舞台にも近い抽象空間の中で演ずるには型は有用ですよね。その型を有効に使って、みなさんが喜んでくださることをするのが僕らのアイディンティティになるんです」
 まさに古典と現代の融合。


「狂言の装束を着て演じるのと違って、スーツを着て我々の型を使うことは、僕らがふだんやっていることは必ずしも狂言の衣装を着なければできないことではないんだよ、ということを見せる意味でも、やることの意義を感じています」


 新しい表現には常日ごろから目を配り、取り入れる?


「かっこいいこととか面白そうなこと、みんなが面白がっていることと狂言に近似値があるのか? なければどこが違うのか? などということをいつも考えています。同じところがあればそこをつないで相乗効果になるなとか、ないところがあれば互いを補完しあえるんじゃないかとか、そういうことを楽しんでいますね」


 新しい表現を積極的に取り入れていく自分と狂言師としての自分。今まで、そこが相反したことは?


「狂言師としての僕がやる意味があるのか、うまくできるのか、と考えてしまう場面がないわけではないです。でもほとんどのことは“勉強になる”と考えて取り組んでいきます。シェイクスピアの作品に出演したときも勉強させてもらいましたし、できていないことに気づくこともできました。最近だと三谷幸喜さんの芝居に初めて出させてもらったときに、他の人の演技の最中にリアクションしなければならない場面がたくさんあったんですが、僕にはできない。というのは狂言は相手が言い終わるまでリアクションをしちゃいけないんです。そういったことが最初はできなかったけれど、それができるように、その場で勉強させていただいたりということもありました」


 前回に父が演じた役を演じる。見え方は違うけれど、あの時の万作さんを超えるものを作らねば、という思いもある?


「師匠を超えるというのは最大の賛辞だったり、目標なんだろうとは思います。ただ今回は作品の本来の一貫性として、敦が主人公ですから全編通して一人の役者が敦をやるべきではないかと思ったところが大きいので、超えるという意識よりは、どういうことになるかなという思いがあります。それに父は本当に素晴らしく演じてくれますけれど、やはり違う人間ですから、僕がこうやりたいと思っていることとは少し違うところもあるわけです。ですから僕なりの李徴ができればいいな、とは思っています」


李徴のように自分の生きた証を作品として残したい


 芸術監督としての「レパートリーの創造」という指針を具現化した作品。ただどう考えてもこの作品は萬斎自身がいないと成り立たないのでは?


「僕の感覚でいうと、古典に負けない作品、古典のように何度繰り返し演じても古びない、ちゃんと人間を写す鏡のような作品を作るというのが、本来の“レパートリー作品”の意味ではあります。今回は狂言師だけで構成していますけれど、例えばこの作品を現代劇の劇団が音のつけ方とか、そういうものを変えて彼らの型でやってくれればいいな、とも思っています。僕がいま演出をするのは、役者というのは悲しいかな、死ねばなくなってしまう存在です。でも、作品は残ります。まさに李徴のように作品として自分が生きた証を残したいなという思いがあるんです。僕が年をとったらこの作品を僕の息子たちがやるかもしれないですし」


 そういう萬斎のやり方を踏襲する人もいれば、新たなアプローチで作っていく人もいる。そうやってこの作品を受け継いでいってほしい、と。


「ぜひやってほしいですよね、いろいろな形で。でもそのためには、今回10年ぶりにやるにあたって、この作品がいかにまだ力を持っているかということを証明しないといけない。もしこれで、古いって言われちゃったら、ちょっと形無しだなとは思うんですけど(笑)」
(本紙・本吉英人)

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