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伝統と革新の狂言師・野村萬斎にときめく 古典芸能記者にとっては“踏み絵”の恐ろしさも

 狂言の枠越え、ギリシャ悲劇、現代劇、映画、ドラマも

 
いつ会っても、心ときめく人がいる。

 私にとって、狂言師、野村萬斎さんこそ、そのひとりだ。

 インタビューでは、答えはつねに本質に迫る深さがある。舞台も、本業の狂言から蜷川幸雄さん演出のギリシャ悲劇、三谷幸喜さんの現代劇、映画やテレビドラマまで振り幅は尋常ではない。

 第一、伝統芸能の世界でこれほど多メディアにわたって八面六臂の活躍をしている人も珍しい。また、東京の世田谷パブリックシアターの芸術監督として時代に先駆けた企画公演を次々と送り出してもいる。

 表現者でありながらプロデューサーであり、芸術を俯瞰して見つめる目も併せ持つ。もし、「萬斎」という才能が出現していなかったら、いまの狂言を取り巻く環境は少し違ったものになっていたかもしれない。

 初めて会ったのは20数年前だ。まだ、襲名前の「野村武司」時代だった。当時からスマートな風貌、知的な話しぶりだったが、一年間の英国留学から帰国後は一段と才気ほとばしる、という感じに成長を遂げていた。いまも、鮮烈に目の奥に残っているのは、彼が羽織っていたバーバリーのトレンチコートである。そういえば、一番最近インタビューしたときも、某イタリアのトップブランドの花柄のシャツを着こなしていた。いずれも伝統的なヨーロピアンブランドでありながら、革新的なデザインで、現代の最先端ともいうべきファッションを提案している。萬斎さんが、こういうファッションを着こなせるということは、彼もまた、同じように伝統と革新の人だからなのではないかと思ったものである。

インタビューは“勝負”の場

 そんな萬斎さんの舞台を見たり、インタビューしたりするのは、私にとって、どこか“踏み絵”のような恐ろしさがある。

 この人の考えていることをどれほどわかっているだろうか。この人の舞台を自分はどれほど面白いと思っているのだろうか。

 質、普及、継承など課題が渦巻く現代の古典芸能界のまっただなかにいる彼と、境界線のこちら側で何とか古典芸能のいまを伝えたいと思っている私との、それは“勝負”ではないかと、勝手に夢想しているからかもしれない。

 かつて萬斎さんが創造した舞台に「敦-山月記・名人伝-」があった。夭折の作家・中島敦(1909~1942年)の小説世界に、自分を見失った現代人の姿を重ね合わせ、狂言の手法を大胆に用いて描いた舞台だった。

 斬新だったのは、ただ古典の手法を使っただけではない。本人が「アンドロイドのように大勢の敦が出てくるんですよ。映画『マトリックス』みたいにね」と言っていたように、既成概念にとらわれない演出が、新たな演劇の地平を切り開いたからだ。

 それでも、彼の根底にあるのは幼いころから厳しい修業を積んだ狂言の様式や演技術ではあるまいか。そんな最強のカードを持ちながらも、狂言の枠組みを乗り込え、未来に向かって疾走する姿に、古典芸能の可能性を賭けてみたいと思ったのも確かである。

古典の中にも工夫忘れず

 萬斎さんは10月に京都観世会館で開催された自主公演「ござる乃座」で、古典の最奥の曲「狸腹鼓(たぬきのはらつづみ)」をつとめた。

   和泉流の伝承曲でも、「一子相伝」とされ、もっとも重く扱われてきた秘曲。子をみごもった雌狸が、夫をさがすため尼に化けて出掛けると、猟師と鉢合わせる。雌狸は、釈迦の教えを引いて殺生を思い止まらせようとするのだが-という内容で、大曲「釣狐(つりぎつね)」の狸版という趣の曲である。

 萬斎さんはこんな大曲でも工夫を忘れない。父で人間国宝の野村万作さんは、森田流の笛の音色を使ったが、萬斎さんは藤田流の少し物悲しい音色で演じたのだ。

 萬斎さんは来年1月4日には、大阪の大槻能楽堂の新春能「翁(おきな)」に出演、三番叟(さんばそう)をつとめる。また、1月26、27日には、大阪・サンケイホールブリーゼの「万作萬斎新春狂言2016」に出演し、申年にちなんで「猿聟(さるむこ)」を演じる。また、主演映画「スキャナー 記憶のカケラをよむ男」も来年ゴールデンウィークに公開予定など、快進撃は続く。

 「古典はまだまだ生きている」。萬斎さんの力強い言葉が胸に突き刺さった。



 

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